国家安全保障での個人核シェルター普及の意義(クラブ代表の村山皓の意見)・その他(意見など)

個人の核シェルターの普及は個人的な安全への思いだけではなく、そこには社会的な意義があると考えています。(クラブ代表の村山皓の意見) 村山主催の教養講座「原子力災害と個人の核シェルターの話」2023年8月綾部市、舞鶴市、福知山市で開催での講義(このWebのニュースでのスライド1参照)のパワーポイントの関連スライドを参考のため示しておきます。さらに詳細についての話などが必要な時には村山のアドレスtmrmurayama@gmail.comあるいは077-574-7078にお問い合わせください。

(追加コメント)個人シェルターは自宅での屋内退避を象徴する言葉として使っています。そこでは外部被爆の防御のための三原則の距離、時間にならぶ遮へいの様々な手段として、簡便な装置から本格的な地下シェルターまで用途に応じて様々なものが検討されます。距離と時間を重視する「避難」を公的機関の主導に委ねるなら、遮へいの屋内「退避」(自宅)こそは原子力災害での私側の「自分ごと」の防災の領域と言えるでしょう。自宅退避は内部被爆の防御での防災準備においても「自分ごと」の重要な課題です。それでも、わかりづらいことに対して、「見て見ぬふり」は生活していくうえで確かに精神安定剤になりますが、何が見えるかを確認してから安定剤を使うのがいいと思います。国民保護法をも視野におく公共機関主導の「避難」では、「あなた任せ」で従うことが大切と言えますが、「自宅退避」については何が必要かの実際を個々人の状況に応じて自ら考えたうえで、どこまで「見て見ぬふり」をするかの安定剤が役立つかもしれません。